No.13 “50の建築、50の外壁”12 ガラス外壁の系譜 その1(ミラノのガレリア(1877年)、芸術家のアトリエ?@(1911年)、スコットランド・ストリート小学校(1907年)、ヴァン・エートヴェルデ邸(1895年)

 建築素材としてのガラスの利用は、透明性という特徴からして、自然光を摂る一方で外気を遮断する外壁、つまり窓として発達してきた。歴史的には中世ゴシック時代のステンドグラスが有名だ。パリのサント・シャペルなど後期ゴシックともなると、内部はまさに光の籠と化した。そして外観は石柱の間にガラスのカーテンでも張ったかのように見える。

  絵柄はよくわからないが、ステンドグラスを外から観察すると興味深いことがわかる。色ガラス片を鉛で編んだ全体が、円形、矩形を問わず、がっしりとした錬鉄製の枠で留められているのである。耐力性のほとんどないガラスは、建築に用いる場合はゴシックの昔から枠、サッシが必要なのだ。このことは現代のサッシレスDPG工法が登場するまで続いた。したがってガラスを外壁に使う場合、建築家はサッシの構造や表現にも細心の注意を払わねばならないし、そこがまたガラス外壁の見所のひとつにもなる。

  ウインター・ガーデンと呼ばれるガラス張りの居間があるなど、高緯度地方のヨーロッパでは、自然光を建築内部に導こうとする願いが昔から強かった。産業革命を経て鉄材が大量 に得られることになり、外壁の開口部を大きくとれるようになると、建築家はこぞってガラスの使用に関心を注ぐ。ただし板ガラスの機械製造法が確立されるのは20世紀に入ってからで、当時の板ガラスは手吹き円筒法などによる手づくりで、その大きさには自ずと限界があった。

  ミラノの中心ドーモ広場に直結して、有名なガレリア、ヴィットーリオ・エマヌエレII(1877年)がある。歴史上、最初の巨大ガラス建築は、1851年のロンドン万博に登場したパビリオン「水晶宮」である。その流れをくむ19世紀後半のガラス建築の代表が、ミラノのガレリアだ。長辺200m、短辺100m、道幅15mほどの十字形街路上に全面 ガラス張りの大屋根を架けた空間である。建築家メンゴーニは、まずこの道をつくるために4つの建築ブロックをつくる。そして4つの出入口を凱旋門風のモニュメントに仕立てた。巨大なガラスのドーム天井を張る構造アーチは鋳鉄製、幅広のアーチ材の1本1本には鋳鉄ならではの装飾として透かし模様が施された。そこにはめ込まれたガラスはすべて手づくりで、今とは格段に平面 精度も透明度も劣る素材ではある。しかし昼光をしっかりと街路に導くことには、何の支障もない。実際に路上を歩いてみると、影ひとつない。明るく柔らかな光に満ちた、アーケード商店街の原型のひとつである。

 このガラスと鉄の結びつきは、20世紀前半のモダニズム建築まで続いた。しかしモダニズムで活躍した新しい鉄材、スチールのサッシは、思いの外錆び易く、また開閉時に重いなどの欠点が判明し、次第にアルミ合金などより軽く、耐腐性に優れた金属へと取って代わられることになる。一方で19世紀の鋳鉄や錬鉄は、表面 の養生さえ怠らなければ半永久的に持つ。アール・ヌーヴォーの時代に盛んに試みられた冒険的な鉄とガラスの外壁表現が、今も美しく保存されている理由のひとつがそこにある。

  ピカソらの芸術家たちが集ったパリのモンパルナスの一角に建つアパート“芸術家のアトリエ”(1911年)の大窓は、その好例。隣接するアパートの窓に比べ高さで1.5倍、幅で3倍ほどの大窓が、ファサードに総計12枚も並んでいる。美しいタイルに被われた構造躯体に比してもガラスの占める面積は圧倒的に広く、まさに全面ガラス張り一歩手前の外壁と言えるだろう。鉄のサッシ中央にはガラス張りのドアと小さなバルコニーが付き、換気もできる仕組み。芸術家のアトリエ・アパートというパリならではの空間の要求が、この大窓ファサードという当時としては革新的な外壁を生んだのである。

  ガラスのカーテンウォール直前の表現にまで辿り着いていたアール・ヌーヴォーの建築は他にもある。マッキントッシュによるグラスゴーの小学校<スコットランド・ストリート小学校>(1907年)もそのひとつである。正面 、4階建ての教室を挟む形で左右に同じ形をした円筒形階段室が立ち上がる。その前半分が総ガラス張りなのである。全体は砂岩の組積造建築だが、この円筒部では鉄材が積極的に使われ、ちょうど酒樽のたがのように、内側で太い何本もの鉄輪が石柱を緊結している。それを基本的なサッシにしたガラスは、小さな方形片を鉛で編んである。大きさを得ると同時に曲面 に仕上げるためでもあった。

  オルタの住宅<ヴァン・エートヴェルデ邸>(1895年)では、ファサードの耐力壁からの解放が試された。2、3階部全体の外壁を1mほど前へ迫り出したのだ。そのためアーチ構造も混えたスチールの枠で壁が張られている。その間に開く窓たちはどれも縦長形ながらも、全体では横連窓をイメージさせる。主構造とは分離した形で、ファサードに鉄とガラスとタイルによる別 の外壁を装着する。この住宅の外壁は、もはやカ−テンウォールだと呼んでもいいのかもしれない。

ミラノのガリレア<ヴィットーリオ・エマヌエレII>
ミラノのガリレア
<ヴィットーリオ・エマヌエレII>

(ミラノ)
芸術家のアトリエ
芸術家のアトリエ
(パリ)
グラスゴーの小学校<スコットランド・ストリート小学校>
グラスゴーの小学校
<スコットランド・ストリート小学校>

(グラスゴー)
オルタの住宅<ヴァン・エートヴェルデ邸>
オルタの住宅
<ヴァン・エートヴェルデ邸>

(ブリュッセル/ベルギー)
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