No.12 “50の建築、50の外壁”11 打放しコンクリートは、究極の塗り壁か(ゼセッション本館(1898年)、ストックホルム市立図書館(1928年)、大学セミナーハウス本館(1965年)、愛知県立芸術大学(1971年)

 左官仕上げとも言われる塗り壁は、かつて日本の木造建築には欠くことのできないものであった。家屋では主に室内の壁に用いられたが、防火を兼ねた漆喰壁は、城郭建築や土蔵の定版とも言える美しい外壁仕上げだ。そしてその漆喰外壁が、明治初期の日本に生まれた独特な西洋館、擬洋風で盛んに活躍したことは既に触れた。

  西洋でも、塗り壁による外壁仕上げは歴史的に重要な役を担っている。というのも石が使える大建築は別 にして、住宅規模の建築では構造にレンガを用いる場合がほとんどであった。そのため防水を兼ねた表面 の被覆仕上げに、日本の漆喰に似たプラスターやスタッコが塗られたのである。ル・コルビュジエらの1920年代のモダニズムの白壁も、レンガに上塗りをし、さらに塗装して仕上げてある。当時の鉄筋コンクリートは高価で、柱や床スラブ以外の外壁はレンガを使うのが一般的だったのだ。

  19世紀末の美術の前衛運動のひとつに、ウィーン分離派がある。展覧会を開くその拠点として建築家オルブリッヒが、画家クリムトのアドバイスの下にデザインした分離派(ゼセッション)館(1898年)が100年後の20世紀末に完全修復され、往時の輝きを取り戻した。ギリシア神殿を下敷きに構想された芸術の豊穣を願うその殿堂は、純白の外観とされ、頂部には月桂樹の葉を球体にまとめた黄金ドームが輝く。そのドームの台座としての建築本体の外壁は塗り壁仕上げで、様々な芸術のシンボルが彩色レリーフされた。陰刻されたオリーブの樹、女神アテナの神鳥である梟は陽刻と、白い外壁に点在する装飾は、塗り壁である利点を最大限に生かしている。

  こうした型押し的なレリーフは、塗り壁特有の技法で、アスプルンドのストックホルム市立図書館(1928年)の外壁にも施されている。奇妙だが、実に堂々とした外観の図書館である。直方体の中央に巨大な円筒を突き立てた格好で、その土色をした外壁は、塗り壁ならではの滑らかさを見せる。窓下に、細い装飾の帯がめぐらされている。建築家が古代エジプトの神殿をイメージしたというだけあって、その装飾は人類最初の文字のひとつである象形文字を模した型押し細工だ。文字と図書館とは、何て見事な象徴表現だろう。

  20世紀も半ばに近づき、本格的な工業化社会に突入すると、こうした美しい左官仕事の外壁は次第に姿を消していく。工程が多く人手がかかる上に、下地作りに時間をとられる。仕上がり具合が、職人個人の技量いかんで変わる、外壁が巨大化する。塗り壁のマイナス面が目立つ一方、鉄筋コンクリートやガラスの施工法が確立され、費用が相対的に下がっていったことが、左官仕事の減少に拍車をかけた。

  1923年、世界最初の現場打放しコンクリートの建築、ル・ランシイのノートル・ダム聖堂がフランスに登場する。フランスはこの素材の先進国であった。そしてこの教会堂を目撃したル・コルビュジエは、その粗々しい外壁仕上げを建築の革命だと明言し、型枠材の木目や節を直接写 し取った外壁を人間の皮膚になぞらえて絶賛し、自らも大々的に使っていくことになる。

  彼の直系の弟子である吉阪隆正の大学セミナーハウス本館(1965年)には、当時の打放しコンクリートの外壁の特徴が具に見て取れる。大きな四角錐形、しかもそれを逆にして大地に打ち込んだ姿には度胆を抜かれるが、急傾斜で迫り上がっていく外壁のざらざら感はさらに驚きだ。当時の型枠は、現在のようなパネルではなく、低品質の小幅板の寄せ集めでつくられた。荒削りな表面には節も多く、また板同士の隙間もあった。そうした鋳型の状態をコンクリートはそっくり写 し取り、外壁は、まるで切り出したばかりの石のように見える。これから仕上げするんでしょうと言いたくなる。それほど粗々しく、だからこそ力強い、重厚な外壁をつくることのできた1950年代、60年代の打放しコンクリートである。

  吉村順三の愛知県立芸術大学(1971年)でも、同様の特徴が観察できる。この講義棟は、柱梁構造でピロティに高く掲げられている。その分外壁の面積は少ないものの、柱や梁には紛れもなく当時の打放し仕上げの証しとして型枠材の跡が刻まれ、何か抽象のオブジェを見ているような気になる。

  ふと塗り壁のことが頭をよぎった。下地に竹を編み、土には藁を混ぜて強度を出す土壁は、まさに複合素材である。そして鉄筋コンクリートもまた、鉄筋と骨材との20世紀の複合素材なのである。木の型枠は、面的な大きさの木鏝とも言える。1950年代以降現在まで、日本は世界一打放しコンクリートの好きな国である。もしかしたら塗り壁に培われてきた感覚が私たちのDNAにすり込まれていて、とりわけ親しみを覚え易い感性が身についているのかもしれない。

ゼセッション本館
ゼセッション本館
(ウィーン)
ストックホルム市立図書館
ストックホルム市立図書館
(ストックホルム)
大学セミナーハウス本館
大学セミナーハウス本館
(東京都八王子市)
愛知県立芸術大学
愛知県立芸術大学
(名古屋市近郊)
日本ビソートップページへ エッセイ壁 インデックスへ戻る