前に現代日本のタイル外壁好きの元は、明治44年竣工の物産横浜ビルにあると書いた。きれいに並べられた白タイルに外壁全体が被われた姿は、清楚で、確かに私たちの美意識にかなったもののように思われる。

　 しかしその白面の青年のごとき外壁に対し、深く皺を刻んだ毛深き渋面のタイルが、大正末から戦前昭和にかけて爆発的ブームを呼んだことがある。町場の看板建築から旧首相官邸までと、そのスクラッチ・タイルと呼ばれる、茶系の深い縦溝を幾本も表面に刻んだ外装タイルは、当時のありとあらゆる建築の外壁に張りまくられた。だからこのタイルは、建築の時代鑑定のひとつの目安になる。

　 しかも、このタイルはその仕掛け人と第一号建築が判明しているから珍しい。発案者はライト、そして作品は旧帝国ホテル（1923年）である。来日したライトはわざわざ“帝国ホテル煉瓦製作所（INAXの前身）”をつくり、そこでレンガに近い厚みを持たせた世界最初のスクラッチ・タイルを焼かせた。建築用焼き物としてはレンガに次いで歴史のあるタイルだが、日本発のタイルは、これが唯一無二となる。

　 明治村に移築保存された旧帝国ホテルロビー棟の正面の柱に、当時のオリジナル・タイルが残されている。金櫛で削った表面 の溝は思いのほかに深く、削り取った粘土が玉になってへばりつくなど、きれいとは言い難い出来だ。ライトはしかしそのざらつき感こそ重要と考えた。同じく外装材として選んだ大谷石も、あえて目のより粗いものを使った。この2つの素材によって帝国ホテルの外壁は、光を受けても輝くどころかより深い陰影を宿し、むしろ落ち着きを増すのである。そんな外壁の渋さが流行した昭和の初めとは、いったいどんな時代だったのだろう。

　 ライトが旧帝国ホテルで用いたもうひとつの建築焼き物が、テラコッタである。古くからスペインやイタリアでつくられていた半磁器、瓦に近い焼き物で、日本へはアメリカ経由でもたらされた。エレベーターや階段、給水室などを中央に集めたセントラル・コア・プランのアメリカ式オフィス・ビルを日本でいち早く実現した神戸の商船三井ビル（大正11年）が、テラコッタ使用第一号の建築とされる。

　ライトの帝国ホテル外観での使用は、大谷石への象嵌装飾など概しておとなしいが、彼の愛弟子、遠藤新が“西の帝国”として設計した旧甲子園ホテル（1930年）では、テラコッタで外壁一面 を織り上げている。庭側、大谷石と同じ凝灰岩の日華石が迫り出す列柱背後に、タイルとテラコッタで埋め尽くされた外壁が見える。中にはまるでパズルのような複雑な図形のテラコッタの壁も登場する。ライト直伝の装飾法ばかりでなく、この外壁には、市松やあじろといった日本固有のデザイン感覚も息づいているようだ。完成後、遠藤は直ちにアメリカのライトに詳細を報告した。ライトからの返事には“自分もそうだったが、ちょっと装飾が過ぎたか”の一文が添えられていたという。とにかく日本屈指の毛深い外壁の建築が、ほぼ同時代に東西に揃ったことになる。

　 アメリカから来日した建築家ということではヴォーリズもいた。宣教師だった彼だが、布教活動にもまして数多くの建築を残した不思議な人。ミッション系の学校をはじめ、商業施設から住宅までと相手を選ばない活躍を見せ、外観には、アメリカ流歴史様式主義にならってテラコッタがふんだんに使われたのである。

　 京都の四条大橋のたもとに建つ東華菜館（1926年）は、かつてのフレンチレストラン矢尾政である。まず正面 入り口を構える左右の円柱が、バロック的な模様をレリーフしたテラコッタ製。そして見上げれば、2階の半円窓をぐるりと囲む感じで、魚介類の濃密な装飾が付いている。これまたすべてテラコッタである。その装飾からして、矢尾政がエビやタコを使った地中海料理の店であったことを示す粋な飾りだ。

　 テラコッタという焼き物がアメリカや日本で大々的に使われた理由は、やはり石の加工に関係するのではないか。東華菜館のエビや魚を石で刻む技術が、果 たして当時の日本にあったろうか。一方焼き物ならばお手のもの、経済上も施工上も、容易だったに違いない。大連育ちの建築家安井武雄の高麗橋野村ビル（1927年）では、正面 玄関の両脇に門松ならぬ巨大テラコッタ製孟宗竹が立ち、頂部に三ヶ月形の照明を載せている。石を刻む技術が弱くても、この素材ならば自在な形をつくり出せ、外壁を楽しげに飾れる。テラコッタ装飾の外壁が盛んに使われていた頃は、世界的にもアール・デコの全盛期、工業化された20世紀という時代にふさわしい建築の装飾デザインが探し求められていた。