No.6 “50の建築、50の外壁”5 モダンデザイン・タイル(三井物産横浜ビル(1911年)、芸術家のアトリエ?A(1926年)、セイナヨキ市庁舎(1967年)、日本26聖人殉教施設(1962年)

 ヨーロッパとは異なり、日本では外装タイルに対して抵抗感どころか、高級な仕上げ材という見方が一般的だろう。最近では、木造タイル張り外壁の住宅すら多くなってきた。
さまざまな理由が考えられるが、何といってもまずは外壁の耐火性の向上が挙げられよう。

  江戸の昔から、火事は日本人の一番恐れる災害である。倉や城の耐火外壁として発展した瓦のなまこ壁仕上げは、明治初期の木造西洋館の必需品であった。多雨な気候に対しても、タイルは威力を発揮する。もともと室内の水周りと暖炉周りの素材として建築用タイルは日本に導入された。それが外観の雨に打たれ易い基部の腰壁や西洋館のテラス床などに張られ始め、次第に外壁全体の防火、防水被覆を兼ねた、美しい仕上げ材へと地位を高めていく。

  明治44年、オフィス・ビルとしては本邦初の全鉄筋コンクリート造である三井物産横浜ビル(1911年)がつくられる。使われ始めたての頃の鉄筋コンクリートでは、鉄筋の錆が最も恐れられていた。打設後、コンクリートの強アルカリ性で錆は消えるのだが、そのことへの理解が十分ではなく、鉄筋を油紙で巻いて打設時まで保護するバカ丁寧な施工が行われていた。コンクリートは、雨に弱い。ヨーロッパと同様に、この物産ビルでも、外壁全面 がレンガと同寸の白タイルで被われた。

  驚くのは、目地の仕上げである。その凹みからの雨の浸入を防ごうと、目地を盛り上げて溝をなくしてしまったのである。目地にまで気を使う仕上げは日本独特で、雨を防ぐ現実的な理由に加えて、外壁に光が射した際の見え方という美学的見地からも、しばらくその施工法が探究された時期がある。古いタイル張りのビルを見かけたら、ぜひ目地の仕上げを確認して欲しい。

  物産ビルが見せた白タイルによる清楚な美しさの外壁は、日本におけるタイル外装の原点を定めることになり、現代のビルやマンションの外壁にまで影響を残すことになった。さすがに今では目地に手をかけることはないものの、同一形状のタイルを規則正しく張り尽くした壁は、日本人の感性にはぴったりであったのだ。

  パリでは、建築家ソヴァージュが、アール・ヌーヴォーからアール・デコへと時代が移ってもなお、一人タイル外壁に固執していた。パリならではの画家のスタジオを幾部屋も設えたアパート「芸術家のアトリエ」(1926年)は、陶芸作家ビゴに焼かせた何色ものタイルで、外壁をテキスタイルのように織り上げた。注目すべきはやはり目地だが、外壁のかなりの面 積を占める灰色の小タイルが目地ナシで張られているのだ。10センチに満たない矩形の小片が、上下左右ピタリと密着している。だからタイルのサイズのばらつきを反映して、エッジの線は規則正しい格子を描くのではなく、あみだくじのようになる。ただしこれは近寄って詳しく観察した時の話で、遠目にはエッジは消え、あたかも一枚の巨大なタイルで外壁全体を包んだかのように見える。そうして現れた外壁は、このアパートのつくられた1920年代に世界を席巻したアール・デコの美意識にぴたりと一致するのだった。自動車、ラジオ、電話・・・金属やベークライトであらゆる工業製品をツルピカな表面 で包んでしまった、あのアール・デコである。

  モダニズムの手法と表現が確立した戦後ともなると、プレ・キャストのタイル壁が登場する。フィンランドのアアルトによるセイナヨキ市庁舎(1967年)の、鮮やかなコバルト・ブルーの外装タイルはその好例だ。あらかじめタイルを打ち込んだ1m角ほどのPC(プレ・キャスト)板を、石張り同様の要領で装着してある。タイルの密着度は非常に高く、北欧の厳しい気候に数十年間晒され続けても一枚の剥離もない。そのタイルは、半円筒形である。見る角度で光の反射具合が異なり、完全工業化されたモダンなタイル外壁でありながらも、明暗や色彩 を千変万化させる楽しい外壁が生まれた。

  同じ1950年代、60年代の日本では、打ち放しコンクリートの第一期黄金期である。公共建築を中心に、日本各地にコンクリート肌を直接露出させた外壁が数多く出現した。今井兼次の代表作、日本26聖人殉教施設(1962年)も基本はそれである。ただ今井は世界屈指のガウディ研究者で、ガウディの破砕タイル外装に模って、コンクリートに有田の磁器片を打ち込んだ。このタイル片は、表面 に貼られたものではない。打ち込まれてコンクリートと見事に一体化している。外壁を被うのではなくむしろ築く、そんな建築家の強い信念さえ感じとれる。今井が、神への祈りを捧げる行為の表現としたこの破砕タイル片モザイクは、数十年を経た今でも、往時の輝きを失っていない。

三井物産横浜ビル
三井物産横浜ビル
(横浜市)
芸術家のアトリエ?A
芸術家のアトリエ2
(パリ)
セイナヨキ市庁舎
セイナヨキ市庁舎
(セイナヨキ・フィンランド)
日本26聖人殉教施設
日本26聖人殉教施設
(長崎市)
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